プロフィール
沙門宏幸
沙門宏幸
歌の伝道師でありたい・・・。そんな願いを胸に、一節一句、全魂込めて歌います・・・。芸名・沙門は“求道者”の意。歌の道は自分磨きの人間道です。そんな私は・・・
1954年生まれ、和歌山市は狐島出身。本名:萩野(旧姓奥村)博之。野崎小・河北中・星林高校を卒業。本名の私をご存知の方は、アレ!と思うでしょう。高校卒業後すぐに奈良に転居。関西大学卒業後、30年間、奈良で公立小・中学校の教壇に立っていました。専門は社会科。40歳を過ぎてから歌を学び始め、2008年に早期退職。歌を生業として新たなスタートをしました。目下、歌手・歌謡講師・カラオケスタジオ経営者として活動中。故郷・和歌山の皆様、長らくご無沙汰いたしましたが、奈良県香芝市から紀の川市に移りました。どうぞよろしくお願いします。
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2018年11月08日

一郎さん追悼③

歌の盟友…。2011年年初から一郎さんは奥さん(sakuraさん=和子さん)と一緒に遠路紀の川まで来店してくれた。いつの間にか土曜日の夜が定着して、その日は僕も仕事は二の次にして一緒に歌を楽しんだ。いろいろな歌を歌ってご紹介すると、ご夫婦ともまるで砂が水を吸うように次々と覚えていかれた。それをsakura さんがリストアップ。わずか数年のうちに1000曲を超えたとお聞きして舌をまいた。僕も自分のレパートリー帳を作ってもらったようでありがたかった。

一郎さんはとくに英語(外国語)の歌がとても上手かった。本格的なものじゃないと謙遜されていたが、本格的なように聞かせるのはたやすいものではない。僕がとくに感心したのは「ローハイド」。ムチの音まで入って度にいっていた。比類ない才能だと思った。もう一度聞きたいなあ…。

一郎さんご夫婦にやがて橋さんとTAKIさんが加わり、僕と美恵子も入れて6人。たとえ他にお客さんがなくても、土曜日の夜は心の底から盛り上がれた。
それまで歌友を持たず、ほとんど一人で行動していた自分にとって初めての体験だった。“歌の盟友”…自分の中ではこの言葉が一番ピッタリする。

TAKI さんが亡くなったとき、みんなで弔問に行ったことを思い出すと、一層胸がしめつけられる。

Posted by 沙門宏幸 at 09:40│Comments(1)
この記事へのコメント
最初の頃、「この曲で100曲です!」って報告した時のママの顔がわすれられません(^^)
2人共、学校を卒業して以来、数十年ぶりに何故か必死に勉強モードに入った楽しい日々でした。でも毎週歌われる歌は、なに?これ?って絶句するくらい難しい曲ばかりで、いつも沙門さんが歌い終わった後には、ため息とともに2人で顔を見合わせていましたっけ。

でもプロの歌手の方に持ち歌を1000曲も歌って頂いた幸せ感は 終生忘れる事が出来ません。
今もきっとそんな幸せ感を胸に音楽の勉強をしてる気がします。
Posted by Sakura at 2018年11月09日 10:31
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